【日本史探究】近代の日本:新しい国づくりの始まり
こんにちは!日本史の勉強、お疲れ様です。ここから始まる「近代」のセクションは、覚えることが多くて大変そうに見えるかもしれません。でも、実は「日本という国を最新のOSにアップデートする物語」だと考えると、グッと理解しやすくなります。 最初は難しく感じるかもしれませんが、大丈夫です。一つずつ丁寧に紐解いていきましょう!
1. 開国と幕末の動乱:鎖国が終わる日
200年以上続いた「鎖国」というルールが、黒船(ペリー)の来航によって終わりを迎えます。
● ペリー来航と条約の締結
1853年、ペリーが浦賀にやってきます。翌年、日本は日米和親条約を結び、下田と箱館(函館)の2港を開きました。
さらに1858年、大老の井伊直弼が天皇の許可を得ないまま日米修好通商条約を結びます。
【ポイント】不平等条約の内容
ここが共通テストで非常によく狙われるポイントです。この条約は日本にとって「不平等」なものでした。 1. 領事裁判権(治外法権)の承認:外国人が日本で罪を犯しても、日本が裁けない。 2. 関税自主権の欠如:輸入品にかける税金を日本が自由に決められない。
たとえるなら:自分の家に遊びに来た友達が、家のルール(靴を脱ぐなど)を無視しても注意できず、勝手に冷蔵庫の中身の値段を決められているような状態です。
2. 明治維新:中央集権国家へのアップデート
江戸幕府が倒れ、明治政府が誕生しました。政府の目標は「富国強兵」(国を豊かにし、軍隊を強くすること)です。
● 政治の改革(土地と人を政府のものにする)
1. 版籍奉還:土地(版)と人民(籍)を天皇に返しました。
2. 廃藩置県(1871年):藩をなくして県を置き、中央から知事を派遣しました。これで政府の命令が全国に届くようになりました。
● 社会の改革(みんな平等に)
四民平等が宣言され、武士の特権がなくなりました。しかし、これは武士にとっては「給料がなくなる」という大変な出来事でもありました。
3. 三大改革:近代化の3本柱
政府は「お金・兵隊・教育」の3つを整えるために大きな改革を行いました。
① 学制(1872年)
「みんな学校に行こう!」という制度です。近代国家には読み書きができる国民が必要だったからです。
② 徴兵令(1873年)
「みんな兵隊になろう!」という制度。満20歳以上の男子に兵役を義務付けました。それまで戦うのは武士の仕事だったので、一般の人には衝撃でした。
③ 地租改正(1873年)
国の収入を安定させるための税金改革です。
【計算式】地租の求め方
\( \text{地価(土地の値段)} \times 3\% = \text{地租(現金で納める)} \)
※のちに農民の反対一揆が起き、\( 2.5\% \)に引き下げられました。
● よくある間違い:
「収穫量」に税をかけた江戸時代とは違い、「地価」を基準にして「現金」で納めさせるようになったのが大きな変化です。
4. 文明開化と新しい思想
西洋の文化がドッと入ってきました。
● 文明開化
「散切り頭(さぎりあたま)を叩いてみれば、文明開化の音がする」と言われ、牛鍋(すき焼きの原型)を食べたり、レンガ造りの建物が建ったりしました。
● 福沢諭吉
『学問のすゝめ』を書き、「天は人の上に人を造らず…」と説きました。個人の独立が国の独立につながると考えたのです。
5. 外交と国境の確定
日本が「どこからどこまでが自分の国か」をはっきりさせた時期です。
1. 北海道:開拓使を置き、アイヌの人々の生活を制限しながら開拓を進めました。
2. 琉球処分:琉球王国を廃止し、沖縄県を設置しました。
3. 樺太・千島交換条約:ロシアとの間で、樺太をロシア領、千島列島を日本領と決めました。
【豆知識】岩倉使節団の失敗と成功
岩倉具視や大久保利通たちは、不平等条約を直そうとアメリカやヨーロッパへ行きましたが、門前払いされてしまいます。「今の日本はまだ近代化が足りない」と言われたのです。でも、彼らはそこで見た西洋の進んだ様子を日本に持ち帰り、改革を加速させました。
★このセクションのまとめ(Takeaway)
・幕末は不平等条約を結ばされた悔しさから始まった。
・明治政府は廃藩置県で国をまとめ、学制・徴兵・地租改正で基礎を作った。
・文明開化で見た目も中身も西洋化を目指した。
・沖縄や北海道を日本の範囲として確定させた。
最初はカタカナの用語や難しい漢字が多くて戸惑うかもしれませんが、「日本を強くて新しい国に作り変えようとしたエネルギー」を感じながら読むと、歴史がストーリーとして見えてきます。次は「自由民権運動」について見ていきましょう。頑張りましょうね!