DCFと成長モデルへようこそ
前章の「株式評価入門(Introduction to Equity Valuation)」では、株式の価値を推定するにはいくつかの方法があることを学びました。この章では、ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法に焦点を当てます。核心となる考え方は非常にシンプルです。投資の現在の価値とは、「将来受け取ることが期待されるすべての現金の合計を、お金の時間的価値を考慮して調整(割り引いた)したもの」です。
果物の木を買う場面を想像してみてください。その木の価値は、単なる「木材としての価値」だけではありません。これから先、何年にもわたって収穫できるリンゴの価値こそが重要です。ただし、5年後のリンゴよりも今日のリンゴの方が価値が高いため、将来のリンゴの価値を割り引いて計算する必要があります。
1. 配当割引モデル (DDM)
配当割引モデル(DDM)は、最も基本的なDCFモデルです。これは、株主が受け取るキャッシュフローは配当のみであると仮定しています。もし株式を永久に保有し続けると考えるなら、その株式の価値は将来支払われるすべての配当の現在価値の合計となります。
A. ゴードン成長モデル(定率成長モデル)
成熟した企業で、配当が永久に一定の率で成長し続けると予想される場合、ゴードン成長モデル(GGM)を使用します。このモデルはシンプルでありながら強力なため、CFA試験でも頻出のトピックです。
理論価格 \(V_0\) を求める公式は以下の通りです:
\(V_0 = \frac{D_1}{r - g}\)
ここで:
- \(D_1\) = 翌期の予想配当(注意:\(D_1 = D_0 \times (1 + g)\))
- \(r\) = 株主の必要収益率
- \(g\) = 一定の配当成長率
重要なルール: この公式が成立するためには、\(r\) は \(g\) よりも大きくなければなりません。もし成長率が必要収益率を上回ってしまうと、計算が破綻してしまいます(理論上、株価が無限大になってしまうためです)。
クイックアドバイス:試験問題の「タイミング」の罠に注意しましょう。問題文に「直近で支払われた配当(dividend just paid)」とあれば、それは \(D_0\) です。公式に当てはめる前に、必ず \((1+g)\) を掛けて \(D_1\) を算出する必要があります!
B. 優先株の評価
優先株は特殊なケースです。多くの優先株は永久に固定配当を支払い、償還期限がありません。成長率 \(g\) がゼロであるため、GGMの公式は次のような永久年金の式に簡略化されます:
\(V_0 = \frac{D}{r}\)
2. 多段階成長モデル
現実の企業が永久に一定の率で成長し続けることは稀です。例えば、テック系のスタートアップなら、最初の5年間は30%という高い成長(高成長期)を遂げ、業界が成熟するにつれて3%程度の安定した成長(安定成長期)に落ち着くかもしれません。このようなケースを評価するには、多段階モデル(Multistage Models)を使用します。
多段階評価のステップ:
1. 予測: 高成長期間中の各年の配当を予測します。
2. 割引: それらの配当の現在価値(PV)を求めます。
3. 継続価値(ターミナルバリュー): 安定成長に移行する時点での企業の価値を、ゴードン成長モデルを使って算出します。これをターミナルバリューと呼びます。
4. 合計価値: 高成長期の配当の現在価値と、ターミナルバリューの現在価値を合計します。
DCFモデルの短所:
- 入力数値に対して非常に敏感です。\(r\) や \(g\) がわずかに変わるだけで、推定される価値が大きく変動してしまいます。
- 配当を支払っていない企業の場合、DDMを適用するのは困難です(その場合は、以下で説明する他のキャッシュフロー指標を使います)。
3. フリーキャッシュフロー・モデル (FCFE と FCFF)
企業が配当を支払っていない場合はどうすればよいでしょうか?あるいは、実際に支払える能力があるのに配当を低く抑えている場合は?このような場合、アナリストはフリーキャッシュフローを活用します。
企業全体へのフリーキャッシュフロー (FCFF)
FCFFは、債権者(負債)と株主(資本)の両方、つまりすべての資金提供者に帰属するキャッシュフローです。「パイ全体の大きさ」をイメージしてください。
- 割引率: FCFFは全員に帰属するものなので、加重平均資本コスト(WACC)を使って割り引きます。
- 算出結果: これにより企業価値(Firm Value)が求められます。株主資本のみの価値を知りたい場合は、ここから負債の価値を差し引きます。
株主へのフリーキャッシュフロー (FCFE)
FCFEは、営業費用、税金、債権者への利息を支払い、事業への必要な投資を行った後に、普通株主の手元に残るキャッシュフローです。
- 割引率: このキャッシュは株主だけに帰属するため、株主の必要収益率(\(r\))を使って割り引きます。
- 算出結果: これにより、直接株主資本価値(Equity Value)が求められます。
4. 残余利益モデル
残余利益(経済的利益とも呼ばれます)は、異なるアプローチを取ります。「投資家が最低限必要とするリターンをどれだけ上回る利益を上げたか?」を問うモデルです。
残余利益を用いた企業価値の算出式は以下の通りです:
価値 = 現在の純資産簿価 + 将来予想される残余利益の現在価値
- 入力数値: 純資産簿価(Book Value)と会計上の利益に注目します。
- 活用場面: 配当を支払っておらず、フリーキャッシュフローの予測も難しい企業の評価に特に有効です。
5. 入力数値の推定:成長率 (\(g\))
これらのモデルを使用するには、成長率を推定する必要があります。一般的な手法は、サステナブル成長率の公式を使うことです:
\(g = b \times ROE\)
ここで:
- \(ROE\) = 自己資本利益率(当期純利益 / 自己資本)
- \(b\) = 内部留保率(再投資のために企業が保持する利益の割合。\(1 - \text{配当性向}\) で求められます)。
例え:ある企業がプロジェクトから15%のリターン(ROE)を上げ、利益の60%を再投資に回す(\(b\))場合、その企業の利益は年間で \(0.60 \times 0.15 = 9\%\) 成長することになります。
まとめと重要なポイント
- DDM: 配当が安定している企業に最適。\(V_0 = \frac{D_1}{r - g}\)。
- 優先株: 固定された永久年金として扱う。\(V_0 = \frac{D}{r}\)。
- FCFF: 全員(負債+資本)へのキャッシュ。WACCで割り引く。
- FCFE: 株主のみへのキャッシュ。株主の必要収益率で割り引く。
- 残余利益: 現在の簿価に、必要収益を超える超過利益を加えて評価する。
- 成長率: \(ROE \times \text{内部留保率}\) として推定できる。
復習:避けるべきよくある落とし穴
1. \(D_0\) と \(D_1\) の混同: 配当が「支払われたばかり(\(D_0\))」なのか、「来年予想される(\(D_1\))」なのかを常に確認してください。
2. 割引率のミスマッチ: FCFFを株主資本コストで割り引いたり、逆にFCFEをWACCで割り引いたりしてはいけません。株主へのキャッシュフローには株主の収益率を、企業全体のキャッシュフローには企業全体の収益率(WACC)を対応させます。
3. 非現実的な \(g\): ゴードン成長モデルにおいて、長期成長率(\(g\))が経済全体の成長率(通常2〜4%)を上回ることは現実的ではないということを覚えておきましょう。