はじめに:ファイナンスの「大きな問い」
ようこそ!この章では、ファイナンスにおいて最も有名な議論の一つである資本構成(Capital Structure)について掘り下げていきます。想像してみてください。あなたが会社を経営しているとき、その資金を自己資金(株主資本)で賄うか、銀行からの借入(負債)で賄うかによって、何かが変わるのでしょうか?
フランコ・モディリアーニとマートン・ミラー(両者を合わせてMMと呼びます)は、この問いへの答えを導き出し、ノーベル賞を受賞しました。彼らが解明しようとしたのは、「資金調達というパイの切り方」によって企業の全体価値が変わるのかどうか、ということです。最初は難しく感じるかもしれませんが、大丈夫です。MM理論の核心は、実はとてもシンプル。「会社の資金調達方法によって、その会社の価値は変わるのか?」という一点に集約されます。
1. 出発点:MM理論 1958年(税金なし)
1958年の当初の理論において、MMは「税金も破綻コストも存在しない完璧な世界」を想定しました。彼らは、企業の企業価値(Total Value)は資本構成には依存しないと論じました。
ピザの例え
会社を1枚のピザだと考えてみてください。そのピザを4つの大きなスライス(株主資本)に切り分けるか、あるいは8つの小さなスライス(負債+株主資本)に切り分けるかに関わらず、ピザの総量は変わりませんよね。切り方を変えただけで、ピザが増えるわけではないのです!
MM理論(1958年)の主要原則:
1. 企業価値:負債がある企業(レバード企業、\(V_L\))の価値は、負債がない企業(アンレバード企業、\(V_U\))の価値と全く同じである。
式:\(V_L = V_U\)
2. 株主資本コスト(\(k_e\)):会社が負債を増やすと、株主にとってのリスクが高まります。そのため、株主はより高いリターンを要求します。この株主資本コストの上昇分は、「より安い」負債コストの恩恵と完全に相殺されます。
3. WACC(加重平均資本コスト):株主資本コストの上昇が、安価な負債の恩恵を完全に相殺してしまうため、WACCは負債水準に関わらず一定となります。
クイックレビュー:MM 1958年
- 資本構成:無関係。
- 企業価値:負債によって変化しない。
- WACC:負債水準に関わらず一定。
2. 「完璧な世界」の前提条件
MMが理論を成立させるために置いた前提条件はいくつかあります。現実的ではありませんが、試験対策として押さえておきましょう:
- 税金なし:政府による課税がない。
- 取引コストなし:株式や負債を発行する際の手数料がかからない。
- 情報の対称性:投資家も経営者も、誰もが同じ情報を持っている。
- 破綻コストなし:会社が倒産しても、弁護士費用や清算コストがかからない。
- 個人の借入が可能:投資家は企業と同じ利率で借入ができる。
3. 現実世界の逆襲:MM理論 1963年(税金あり)
MMは後に、現実世界には税金が存在することに気づきました。これがすべてを変えました!ほとんどの国(香港を含む)において、負債に対する支払利息は税務上の損金算入(Tax-deductible)が認められていますが、株主への配当金にはそのような控除はありません。
負債による節税効果(Tax Shield)
利息によって税負担が軽減されるため、その分だけ投資家に還元できるお金が手元に残ります。これを税の盾(Tax Shield)と呼びます。負債を利用することで政府から得られる「割引」のようなものです。
MM理論(1963年)の主要原則:
1. 企業価値:節税効果があるため、負債がある企業は負債がない企業よりも価値が高くなります。
式:\(V_L = V_U + (T_c \times D)\)
(\(T_c\)は税率、\(D\)は負債額を表します)
2. 株主資本コスト(\(k_e\)):負債が増えるにつれて(リスクが高まるため)依然として上昇しますが、税金の恩恵を打ち消すほど急激には上昇しません。
3. WACC:会社が負債を増やすほど、税の盾によってWACCは低下します。つまり、負債を使えば使うほど、その企業はより価値が高まることになります。
豆知識
MM(1963年)の理論によれば、「最適」な資本構成は負債100%となります!しかし、現実の企業がそうしないのは、倒産への恐れがあるからです。ちなみに、MM(1963年)のモデルはまだこの破綻コストを考慮に入れていません。
4. 二つの理論の比較
整理のために比較表を作成しました:
- MM 1958(税金なし):負債は中立。WACCは水平線。企業価値も水平線。
- MM 1963(税金あり):負債は「良い」もの。WACCは右肩下がり。企業価値は右肩上がり。
よくある間違い:
1. \(k_e\)とWACCの混同:どちらの理論でも、負債を増やすと株主資本コスト(\(k_e\))は常に上昇します。違いが出るのは全体のWACCに何が起こるかという点です。
2. 税の盾の忘れ:1963年モデルでレバード企業の価値を計算する際、税の盾の現在価値(\(T_c \times D\))を必ず加算しなければなりません。
5. ステップ・バイ・ステップ:試験官の視点で考える
MMの出題を見たら、以下の手順で進めてください:
ステップ1:税金についての記述があるか確認する。「税金なし」ならMM 1958(資本構成は関係ない)。「税金あり」ならMM 1963(負債が価値を生む)。
ステップ2:「アンレバード価値(負債ゼロと仮定した場合の企業価値)」を特定する。
ステップ3:税金がある場合、税の盾を計算する:\(Tax \ Rate \times Amount \ of \ Debt\)。
ステップ4:アンレバード価値に税の盾を加えて、企業全体の価値を出す。
6. まとめと要点
MM理論 1958年:
- 前提:税金なし、破綻コストなし。
- 結論:資本構成は無関係。
- 論理:負債によるリスクが株主資本コストを押し上げ、安価な負債の恩恵を完全に相殺する。
MM理論 1963年:
- 前提:法人税が存在し、利息は損金算入可能。
- 結論:負債が企業価値を高める。
- 論理:「税の盾」が投資家へのキャッシュフローを増やし、WACCを引き下げ、企業全体の価値を高める。
暗記のコツ:
MM 58は「Money Matters Not(お金の借り方は関係ない=Irrelevant)」
MM 63は「Money Makes More(借金が税金効果で価値を増やす)」
練習を続けましょう!「税の盾」の論理さえマスターすれば、他の資本構成理論もずっと簡単に理解できるようになりますよ。