従属確率の導入
これまでの学習では、主に単一脱退モデル(Single Decrement Model)に焦点を当ててきたことでしょう。これは、ある状態を「離れる」理由が、特定の1つの事由(通常は死亡)のみであるモデルです。しかし、現実の世界では、保険契約が終了する理由はさまざまです。死亡することもあれば、重大な病気に罹患することもあり、あるいは単に契約を解約(Lapse)することもあります。
この章では、これらの競合リスク(Competing Risks)をどのようにモデル化するかを探求します。これらは「従属(Dependent)」確率と呼ばれます。なぜなら、ある理由で脱退する可能性は、他の理由の存在に影響を受けるからです。例えば、死亡してしまったら、もはや契約を解約することはできません!遷移力(Force of Transition)(瞬間的なリスク)と従属確率(Dependent Probability)(1年間にそれが起こる確率)の間の数学的な結びつきを理解することが、ここでの主要な目標です。
1. 多重脱退モデル
多重脱退モデル(Multiple Decrement Model)は、多状態マルコフモデル(Multiple-State Markov Model)の特殊なケースです。一般的なマルコフモデルでは、状態間を自由に行き来できますが(例えば「健康」から「病気」へ、そしてまた「健康」へ戻るなど)、脱退モデルは「一方通行」です。一度ある脱退事由によって「アクティブ(生存)」状態を離れると、二度と戻ることはできません。
比喩:水漏れするバケツ
底に3つの異なる穴が開いた水バケツを想像してください。穴1は「死亡」、穴2は「病気」、穴3は「解約」です。穴1から水が流れ出る速さはその穴の大きさに依存しますが、最終的に穴1から出ていく水の総量は、穴2や穴3からどれだけ速く水が逃げているかによって制限されます。それぞれの穴は、同じ水を取り合って「競合」しているのです。
主な記号
- \(x\): 個人の現在の年齢。
- \(j\): 特定の脱退事由(例:\(j=1\) は死亡、\(j=2\) は解約)。
- \(\mu_{x+t}^j\): 年齢 \(x+t\) における脱退事由 \(j\) の脱退力(Force of Decrement)。これは「瞬間的」なリスクを表します。
- \((aq)_x^j\): 他のすべての脱退事由が存在する状況下で、1年以内に事由 \(j\) によって脱退する従属確率(Dependent Probability)。
- \(ap_x\): 1年間、アクティブ状態に留まる(すべての脱退事由を免れて生存する)確率。
クイックレビュー: \((aq)_x^j\) の "a" は "absolute"(絶対的)または "all-causes"(全事由)を意味し、すべての脱退原因が同時に作用している多重脱退の枠組みの中にいることを示しています。
2. 脱退力と確率の関係
特定の事象が発生する確率を求めるには、2つの要素を考慮する必要があります。まず、その人が時刻 \(t\) までにすべての脱退を免れて生存し、次にその瞬間に事由 \(j\) によって脱退するということです。
時刻 \(t\) までアクティブ状態に留まる確率は次の通りです:
\( {}_tp_x^{aa} = \exp\left( -\int_0^t \sum_k \mu_{x+s}^k ds \right) \)
1年間における事由 \(j\) による従属確率は、時刻 \(t\) においてその状態に存在する確率に、その特定の脱退力を乗じたものの積分となります:
\( (aq)_x^j = \int_0^1 {}_tp_x^{aa} \cdot \mu_{x+t}^j dt \ )
重要なポイント: あらゆる理由で脱退する合計の確率は、個々の従属確率の合計に等しくなります: \) (aq)_x^{total} = \sum_j (aq)_x^j \)
3. 定脱退力仮定
IFoA CM1のシラバスにおいて、非常に一般的かつ重要な仮定は、各年齢の1年間を通じて遷移力が一定であるというものです。これは、年齢 \(x\) から \(x+1\) の間において、\(t\) が0から1に変化しても、リスク \(\mu_{x+t}^j\) は変化しないことを意味します。
合計で \(m\) 個の脱退事由があると仮定しましょう。\(0 \le t < 1\) において \(\mu_{x+t}^j = \mu^j\) (定数)である場合、以下のようになります:
A. 脱退力から従属確率を計算する
定数である脱退力 \(\mu^1, \mu^2, ..., \mu^m\) がわかっている場合、合計の脱退力は次のようになります:
\( \mu^{total} = \mu^1 + \mu^2 + ... + \mu^m \)
1年間アクティブ状態に留まる確率は次の通りです:
\( ap_x = e^{-\mu^{total}} \)
事由 \(j\) に関する従属確率は次の通りです:
\( (aq)_x^j = \frac{\mu^j}{\mu^{total}} (1 - e^{-\mu^{total}}) \)
少し難しく感じるかもしれませんが、大丈夫です! カッコ内の部分 \((1 - e^{-\mu^{total}})\) は、何らかの理由で脱退する確率であることを思い出してください。私たちは単に、その確率を「合計の脱退力」に対する「事由 \(j\) の脱退力」の比率で按分しているだけなのです。
B. 従属確率から脱退力を計算する
試験では、確率 \((aq)_x^1, (aq)_x^2, ...\) が与えられ、脱退力を求められることがあります。まず、生存し続ける合計の確率を求めます:
\( ap_x = 1 - \sum (aq)_x^j \)
次に、合計の脱退力を求めます:
\( \mu^{total} = -\ln(ap_x) \)
最後に、事由 \(j\) 個別の脱退力を求めます:
\( \mu^j = \frac{(aq)_x^j}{\sum (aq)_x^k} \cdot \mu^{total} \)
よくある間違い: \(\sum (aq)_x^k = 1 - ap_x\) であることを忘れないようにしましょう。脱退する合計の確率と、生存する確率の合計が必ず1になることを常に確認してください。
4. ステップバイステップの例
問題: ある保険契約には、死亡(\(j=1\))と解約(\(j=2\))の2つの脱退事由があります。40歳から41歳の間、死亡の定脱退力は \(0.02\)、解約の定脱退力は \(0.08\) です。40歳の契約者が、1年以内に解約する確率を計算してください。
ステップ1:脱退力を特定する。
\( \mu^1 = 0.02 \)
\( \mu^2 = 0.08 \)
ステップ2:合計の脱退力を計算する。
\( \mu^{total} = 0.02 + 0.08 = 0.10 \)
ステップ3:解約確率 \((aq)_{40}^2\) の公式を適用する。
\( (aq)_{40}^2 = \frac{0.08}{0.10} (1 - e^{-0.10}) \)
\( (aq)_{40}^2 = 0.8 \cdot (1 - 0.90484) \)
\( (aq)_{40}^2 = 0.8 \cdot 0.09516 = 0.07613 \)
解釈: 解約の「瞬間的な」リスクは8%でしたが、年度中に一部の人が死亡(脱退事由1)したため、実際に解約するまで生存していたのは 7.613% に留まりました。
5. なぜこれが重要なのか?
アクチュアリー・モデリングでは、これらの確率を使用してキャッシュフローを予測します。もし死亡給付金の期待現価(EPV)を計算する場合、必ず死亡の従属確率を使用しなければなりません。もし(解約を無視して)単一脱退確率を使用してしまうと、死亡前に解約して集団から抜けていく多くの人々を無視することになり、支払うべき死亡給付金を過大評価してしまうことになります。
重要ポイントのまとめ:
1. 多重脱退モデルは、ある状態を離れる競合する理由が複数ある場合に使用されます。
2. 定脱退力仮定の下では、特定の事由による脱退確率は、その脱退力に比例します。
3. 他の脱退事由が脱退の候補者を「奪っていく」ため、従属確率 \((aq)_x^j\) は常に脱退力 \(\mu^j\) よりも小さくなります(\(\mu\) が小さい場合)。
次のステップに進む準備はできましたか? この論理は、仮想的な集団(通常は \(l_x = 100,000\) から開始)を追跡するためにこれらの確率を使用する、多重脱退表(Multiple Decrement Tables)を作成するための基礎となります。