予算編成と統制(Budgetary Planning and Control)入門
APMのセクションB:業績の最適化(Performance optimisation)における要となる予算編成と統制(Budgetary Planning and Control)へようこそ!Applied Skillsレベルでは、基本的な差異分析の計算や数値の突合を中心に行ってきました。しかし、Advanced Performance Management(APM)では視点が大きく変わります。企業の予算管理システムが、真に戦略目標を支え、価値創造を促進し、従業員のモチベーション向上につながっているかどうかを評価する力が求められます。
予算管理は、単なる「細かい帳尻合わせの計算(bean-counting)」ではありません。本質は戦略との整合性(Strategic alignment)にあります。不適切に設計された予算プロセスは、組織内に機能不全な行動を生み、イノベーションを阻害し、時代遅れの計画に組織を縛り付けてしまいます。一方で、優れたシステムは管理者に適切な権限を与え、最も高い戦略的リターンを生み出す領域へ経営資源を配分し、公平で実行可能な統制を実現します。
関連章への参照: この章では予算編成のメカニズムや差異分析に焦点を当てますが、人間の行動的反応や報酬制度については、関連する章であるマネジメントスタイル、説明責任および行動への影響(Management styles, accountability and behavioural effects)や、業績管理・報酬および人的資源管理(Performance, reward and human resource management)でさらに詳しく掘り下げていきます。
主要な予算編成手法:強み・弱みと選定基準
APMの試験では、企業の既存の予算アプローチを評価し、修正予算の計算を行い、事業環境を踏まえてより適切な手法への移行を提案・正当化する力が求められます。
1. 漸増予算(Incremental Budgeting)
漸増予算(Incremental budgeting)は、当期の実績値や予算をベースライン(基準点)とし、インフレ率、計画成長率、次期に見込まれるコスト変動などを加減して翌期の予算を策定する手法です。
強み:
• 簡便性: 作成が極めてシンプルかつ迅速で、コストも比較的かかりません。
• 安定性: 現場のオペレーション管理者が理解しやすく、予算交渉時の摩擦を抑えられます。
• 一貫性: インフレ率が低く、製品ラインが成熟しているような、安定して予測しやすい事業環境では十分に機能します。
弱み:
• 非効率性の固定化: 過去の誤り、無駄な支出、予算のゆとり(スラック)が、翌期以降へ自動的にそのまま引き継がれてしまいます。
• 予算のスラック(Budgetary slack): 目標を容易に達成できるようにするため、管理者が意図的に支出見積もりを水増しする傾向が生じます。
• 「使い切らなければ削られる」心理("Spend it or lose it" mentality): 翌期の予算配分が減額されるのを防ぐため、部門長が年度末に慌てて余った予算を使い切ろうとします。
• 戦略との乖離: 将来ではなく過去に目を向ける手法であるため、戦略的な優先事項にリソースを集中配分することが困難です。
試験での推奨ルール: 漸増予算を推奨してよいのは、事業環境が極めて安定しており、過去のコストが厳格に管理されており、組織側により高度なモデルを運用する時間や分析能力が不足している場合に限られます。
2. ゼロベース予算(Zero-Based Budgeting: ZBB)
ゼロベース予算(ZBB)は、文字通り「予算ゼロ」の状態からスタートします。各部門、機能、業務活動は、毎回の予算サイクルにおいて、計画しているすべての支出をゼロから正当化・立証しなければなりません。「前年に存在したから」という理由だけで認められる業務は一つもありません。
ZBBの4つのステップ:
1. 意思決定単位(Decision Units)の特定: 個別のコストセンター、事業部門、または特定の事業プログラムを切り出します。
2. 意思決定パッケージ(Decision Packages)の策定: 異なるサービス水準を提供するためにどのような経営資源が必要かを示す提案書を作成します(例:最低限の法的遵守を果たす基本パッケージに、サービス水準を向上させるための追加パッケージを組み合わせる)。
3. 意思決定パッケージの優先順位付け(ランキング): 経営陣が、費用便益分析と戦略的整合性に基づいて各パッケージを評価し、順位を付けます。
4. 経営資源の配分: 利用可能な総予算枠の上限に達するまで、優先度の高い順に資金を配分していきます。
強み:
• 無駄とスラックの徹底排除: 不要な業務や過去の遺物となっていた間接費が洗い出され、廃止されます。
• 戦略的な資源配分: 真の戦略的価値を生み出す活動へ、経営資源を直接集中的に投じることができます。
• 問い直す企業文化の醸成: ルーチンワークを疑い、より革新的な業務プロセスを模索する意識が従業員に根付きます。
弱み:
• 膨大な労力とコスト: 莫大な量の文書作成、分析作業の時間、経営陣の多大な労力を必要とします。
• 短期志向の助長: 定性的で効果測定が難しい長期的な投資(研修、R&D、顧客サービスの向上など)が、部門によって切り捨てられるリスクがあります。
• 組織内の対立と社内政治: 性質の異なる部門のプロジェクト同士に順位をつける際、主観的なバイアスや摩擦が生じやすくなります。
試験での推奨ルール: 裁量的な支出項目(マーケティング、ITシステム、人事など)や、企業の事業再生(ターンアラウンド)、コスト削減プロジェクト、大幅な戦略転換期においてZBBを推奨しましょう。なお、標準原価計算モデルの方がはるかに効率的な、大量生産型の自動化製造ライン全体に完全なZBBを適用することは避けるべきです。
3. 活動基準予算(Activity-Based Budgeting: ABB)
活動基準予算(ABB)は、活動基準原価計算(ABC)のロジックを逆方向に適用する手法です。「組織が何にお金を使い、それを各部門にどう配分するか」を考えるのではなく、目標とする製品・サービスの生産・提供水準を支えるために必要な「活動(アクティビティ)」を特定し、そこから逆算して必要な経営資源を算出します。
ABBの計算ステップ:
1. 製品やサービスの予想販売量および生産量を決定します。
2. 必要となる具体的な現場活動(機械の段取り替え、品質検査、配送出荷など)を特定します。
3. 各コストドライバーの必要量を算出します:\( \text{Driver Units Needed} = \text{Budgeted Output} \times \text{Driver Usage per Unit} \)
4. コストドライバー量にドライバー単位あたりのコストを乗じて、総予算を計算します:\( \text{Budgeted Activity Cost} = \text{Total Cost Driver Units} \times \text{Cost per Activity Unit} \)
強み:
• オペレーションの透明性: 経営資源の消費と業務活動のドライバーとの直接的な結びつきが明確になります。
• 生産能力の制約を可視化: ボトルネック、遊休生産能力、非付加価値活動を的確に特定できます。
• コスト管理機能の向上: ドライバーの発生量を減らし、業務効率を向上させることにコスト削減の焦点を当てられます。
弱み:
• 導入・維持の複雑さ: 正確なドライバーを特定し、ABCデータベースを継続的に更新・維持するには多大なコストと手間がかかります。
• 部門間の摩擦: 従来の縦割り組織(サイロ型組織)では、部門横断的な調整に対して抵抗が生じることがあります。
試験での推奨ルール: 間接費の比率が高く、製品や顧客の多様性が複雑で、かつすでに組織内に活動基準原価計算(ABC)のインフラ基盤が整っている場合にABBを推奨しましょう。
4. ローリング予算(Rolling / Continuous Budgets)
ローリング予算とは、直近の期間(通常は1か月または1四半期)が終了するごとに新たな将来期間を予算に追加し、常に先々12か月(または18か月)分の計画期間を継続して維持する動的な予算手法です。
強み:
• ダイナミックな市場への適応力: インフレ、為替レート、競合の価格改定、サプライチェーンの混乱などの急激な変化に迅速に対応できます。
• 常に先を見据える視点: 従来の12か月固定予算で発生しがちな、「年度末が近づくにつれて予算の妥当性が失われる」という短期的な近視眼(マイオピア)を排除できます。
• 実態に即した統制基準: 常に達成可能で妥当な目標が維持されるため、非現実的な目標による現場の士気低下を防ぎます。
弱み:
• 継続的な労力とコスト: 財務部門がほぼ年中、予算編成のサイクルに追われることになります。
• 目標の流動化(ゴールポストの移動): 予算目標が頻繁に変わることで、従業員が評価基準の不透明感を抱き、ボーナス制度などへの信頼が損なわれる恐れがあります。
試験での推奨ルール: 日用消費財(FMCG)やテクノロジー産業、または年次の静的な前提条件が数か月で陳腐化してしまうような変動の激しい経済環境においてローリング予算を推奨しましょう。
5. 固定予算 vs 変動予算(Fixed vs. Flexible Budgeting)
固定予算(Fixed budget)は、期首に設定された単一の計画操業度・販売量に基づき策定されます。実際の操業度がどう変動しようとも、数値は一切変更されません。
変動予算(Flexible budget)は、実際に達成された操業度・販売量を用いて予算売上高や変動費を再計算します。当初の標準価格や変動費率はそのまま維持し、固定間接費予算も当初の計画額を適用します。
評価と統制の原則: 実績数値を固定予算と直接比較してしまうと、活動量の違いによってコスト比較が歪み、誤った差異分析結果を導いてしまいます。変動予算を用いることで「同じ活動条件(Like-for-like)」での公正な比較が可能となり、マクロ的な販売量の変動影響から、純粋な現場のオペレーション実績(価格や効率性)を切り離して評価することができます。
予算選定の重要ポイント: APMのシナリオでは、文脈を徹底的に精査してください。環境に応じた最適な手法を組み合わせることが鍵です。変化が激しく不確実 \(\implies\) ローリング予算、間接費比率が高く製品が多様 \(\implies\) ABB、無駄が多く事業再生中 \(\implies\) ZBB、事業が安定しており予測可能 \(\implies\) 漸増予算、と判断していきましょう。
差異分析:計画差異とオペレーション差異
従来の差異分析では、実績値を期首に定めた当初の静的予算と比較していました。しかし、激動するビジネス環境において、このやり方には重大な欠陥があります。外部環境が想定外に激変した際、非現実的になってしまった当初の前提に基づき現場管理者の責任を追及することは、士気を著しく低下させ、誤った人事・業績評価につながります。
この問題を解決するため、APMでは総差異を以下の2つの要素に明確に分解します:
1. 計画差異(Planning Variances): 予測の誤り、当初の計画ミス、または現場の統制を超えた外部マクロ環境の変動に起因する差異。
2. オペレーション差異(Operational Variances): 事後的に見直された現実的な基準(改定予算)と比較した、純粋な現場の業務効率や現場管理者の統制力を反映する差異。
3つのポジションによる比較フレームワーク
このフレームワークをマスターするには、次の3つの数値を把握することが不可欠です:
• 当初予算(Original Budget: OB): 当初の標準価格、標準原価、および計画数量。
• 改定予算(Revised Budget: RB): 事後の情報を踏まえ、「本来設定されるべきだった」現実的な市場価格、市場規模、または不可避なコスト変動を反映した予算。
• 実際実績(Actual Results: AR): 実際に支払われた価格、発生した実コスト、および実際の消費数量。
差異計算のメカニズム:
• \( \text{Total Variance} = \text{Actual Results (AR)} - \text{Original Budget (OB)} \)
• \( \text{Planning Variance} = \text{Revised Budget (RB)} - \text{Original Budget (OB)} \)
• \( \text{Operational Variance} = \text{Actual Results (AR)} - \text{Revised Budget (RB)} \)
ここで重要な関係が成り立ちます:\( \text{Planning Variance} + \text{Operational Variance} = \text{Total Variance} \)
詳細な計算手法
このフレームワークに基づき、原価差異と売上差異の計算式を確認しましょう。
A. 直接材料費・直接労務費の差異:
記号の定義:\( SP_0 \) = 当初標準単価/賃率、\( SP_R \) = 改定標準単価/賃率、\( AP \) = 実際購入単価/支払賃率
\( SQ_0 \) = 実際生産量に対する当初標準許容量、\( SQ_R \) = 実際生産量に対する改定標準許容量、\( AQ \) = 実際消費数量/実際労働時間
価格差異/賃率差異:
• \( \text{Planning Price Variance} = (SP_0 - SP_R) \times AQ \) または \( (SP_0 - SP_R) \times SQ_R \)
試験でのワンポイント: APMでは、前提を明確に記述し一貫性を保っている限り、実際数量 \( AQ \) を掛ける手法と改定標準数量 \( SQ_R \) を掛ける手法のどちらを用いても正解として認められます。
• \( \text{Operational Price Variance} = (SP_R - AP) \times AQ \)
数量差異/能率差異:
• \( \text{Planning Usage Variance} = (SQ_0 - SQ_R) \times SP_0 \)
• \( \text{Operational Usage Variance} = (SQ_R - AQ) \times SP_R \)
B. 売上差異:
記号の定義:\( P_0 \) = 当初標準販売価格、\( P_R \) = 改定標準販売価格、\( P_A \) = 実際販売価格
\( V_0 \) = 当初計画販売量、\( V_R \) = 改定された現実的な販売量(業界全体の需要変動などを反映)、\( V_A \) = 実際販売量
\( SM \) = 単位あたり標準利益または単位あたり標準貢献利益
販売価格差異:
• \( \text{Planning Price Variance} = (P_R - P_0) \times V_A \)
• \( \text{Operational Price Variance} = (P_A - P_R) \times V_A \)
販売数量差異:
• \( \text{Planning Volume Variance} = (V_R - V_0) \times SM \)
• \( \text{Operational Volume Variance} = (V_A - V_R) \times SM \)
数値例による実践解説
設例: Alpha社は特殊な産業用部品を製造しています。
• 当初予算: 10,000個の生産を計画。標準材料所要量:1個あたり2.0 kg、標準単価:\$10.00/kg。総材料予算 = \( 10,000 \times 2.0 \times \$10.00 = \$200,000 \)。
• 当期中に発生した事象: 世界的な原材料不足により、当該材料の世界市場価格が\$12.50/kgに高騰。同時に、技術陣による配合の見直しにより、現実的な消費標準が1個あたり1.9 kgに下方改定された。
• 実際の実績: 実際の生産量は10,000個。会社は18,500 kgの材料を総額\$240,500で購入・消費した(実際購入単価は \( \$240,500 / 18,500 = \$13.00/\text{kg} \))。
ステップ1:総差異の計算
実際生産量に対する許容標準原価 = \( 10,000 \times 2.0 \times \$10.00 = \$200,000 \)
実際発生原価 = \$240,500
総原価差異 = \( \$200,000 - \$240,500 = \$40,500 \text{ 不利差異 (A)} \)
従来の分析では、製造部門の管理者は\$40,500もの不利差異を出したとして、厳しい叱責を受けることになってしまいます!
ステップ2:計画差異の計算(経営戦略・予測責任)
• 計画価格差異:不可避であった市場価格の上昇(\$10.00から\$12.50へ)を反映。
\( (SP_0 - SP_R) \times AQ = (\$10.00 - \$12.50) \times 18,500 = \$46,250 \text{ 不利差異 (A)} \)
• 計画数量差異:配合見直し(2.0 kgから1.9 kgへ)の影響を反映。
当初許容標準数量 \( SQ_0 = 10,000 \times 2.0 = 20,000 \text{ kg} \)
改定標準数量 \( SQ_R = 10,000 \times 1.9 = 19,000 \text{ kg} \)
\( (SQ_0 - SQ_R) \times SP_0 = (20,000 - 19,000) \times \$10.00 = \$10,000 \text{ 有利差異 (F)} \)
計画差異の合計 = \( \$46,250 \text{ (A)} + \$10,000 \text{ (F)} = \$36,250 \text{ (A)} \)
ステップ3:オペレーション差異の計算(現場管理者の統制責任)
• オペレーション価格差異:現実的な市場価格と実際の購入価格を比較。
\( (SP_R - AP) \times AQ = (\$12.50 - \$13.00) \times 18,500 = \$9,250 \text{ 不利差異 (A)} \)
• オペレーション数量差異:改定後の現実的な標準消費量と実際の消費量を比較。
\( (SQ_R - AQ) \times SP_R = (19,000 - 18,500) \times \$12.50 = \$6,250 \text{ 有利差異 (F)} \)
オペレーション差異の合計 = \( \$9,250 \text{ (A)} + \$6,250 \text{ (F)} = \$3,000 \text{ (A)} \)
検算(整合性の確認):
\( \text{計画差異 } \$36,250 \text{ (A)} + \text{オペレーション差異 } \$3,000 \text{ (A)} = \text{総差異 } \$40,500 \text{ (A)} \)
結果の解釈と戦略的提言
APMの試験では、単に数値を計算するだけでは合格点は取れません。数値を深く解釈し、実践的な提言を行ってこそ高得点が得られます:
1. 管理可能原則(Controllability)の分離: 製造部門の管理者は、計画差異である\$36,250のマイナスに対して責任を負うべきではありません。これは外部の市況高騰と技術的な配合見直しによるものだからです。計画の狂いに対して現場の責任を問うと、モチベーションは崩壊します。実際には、現場管理者は材料を500 kg節約し、\$6,250の有利なオペレーション数量差異を生み出すという優れた働きを見せています。
2. オペレーション差異の精査: オペレーション価格差異は\$9,250の不利でした。ここで一歩踏み込んで考えます。「調達部門は、工場が材料を500 kg節約できるように、相場より\$0.50高い高品質な材料をあえて購入したのではないか?」もしそうであれば、この購買判断は極めて合理的であり、価格の上昇を数量の節約で十分にカバーしたと評価できます。
3. 計画差異に対する経営陣の対応: 大きな計画差異が生じた場合、取締役会は予測手法や外部環境スキャン(分析)のプロセスを見直す必要があります。原材料のインフレが構造的なものであるならば、製品の販売価格の改定や、代替原材料の調達を早急に検討しなければなりません。
4. 職業的懐疑心(Professional Scepticism)の重要性: 事後的な予算改定(ex-post revision)を評価する際は、常に懐疑的な視点を持ってください。現場の管理者が、自らの成績を良く見せるためだけに予算基準の下方修正を要求してくるケースは多々あります。改定を行う際は、客観的な市場データに基づいているかを厳密に検証しなければなりません。
差異分析の重要ポイント: 外部環境の変化や当初の予測ミス(計画)と、現場の純粋な業務執行力(オペレーション)は必ず切り離してください。現場の管理者を評価する際は、オペレーション差異のみを対象とするのが大原則です。
脱予算経営(Beyond Budgeting):従来の統制からの脱却
急速なテクノロジーの破壊的変化、製品ライフサイクルの短期化、極めて高い不確実性に直面する現代のビジネス環境において、従来の年次固定予算は機能不全に陥りつつあります。
なぜ従来の年次予算は動的な市場で失敗するのか
• 時間とコストの浪費: 数か月もの時間をかけて予算を策定しても、完成してからわずか数週間で現実と乖離してしまうケースが後を絶ちません。
• 数値の駆け引きや機能不全な行動の誘発: 管理者は自身のボーナスを確実に獲得するため、予算に意図的なゆとりを持たせる「予防線(sandbagging)」を張ろうとします。
• 短期志向の助長: 四半期予算の数値を達成するためだけに、人材開発や顧客サービスへの裁量的支出が期末にバッサリと削減されます。
• 官僚的な縦割り組織の固定化: 中央集権的なトップダウンの数値交渉は、俊敏性、部門間の協力、顧客ニーズへの素早い対応を阻害します。
• イノベーションの妨害: 期の途中で思わぬビジネスチャンスが訪れても、「予算にない」という理由だけで却下されてしまいます。
脱予算経営(Beyond Budgeting)の思想
脱予算経営(Beyond Budgeting)モデルは、従来の硬直的な年次予算プロセスを完全に解体することを提案します。固定化された年次総合予算に依存するのではなく、中央集権的な「指示・統制(Command-and-control)」型の目標を、適応力のある自律分散型の業績管理フレームワークへと置き換えます。
脱予算経営は、「適応的マネジメントプロセス(Adaptive management processes)」と「分散型リーダーシップ原則(Decentralised leadership principles)」という2つの柱で構成されています。
1. 適応的マネジメントプロセス:
• 相対的目標(Relative Targets): 「利益1,000万ドル達成」のような固定的な絶対数値ではなく、「主要競合他社を上回る」「業界上位25%の利益率を達成する」「ベンチマークとなるコスト比率を改善する」といった外部ベンチマークに連動した相対的目標を設定します。
• 継続的プランニングとローリング予測: 硬直的な年次計画を廃止し、頻繁なローリング予測(例:毎四半期ごとに5四半期先まで見通す)を導入します。これにより、固定された業績契約に縛られることなく、資金やリソースの必要性を現実的に把握し続けることができます。
• 動的な経営資源の配分: 年1回の部門間の「予算ぶんどり合戦」ではなく、戦略的価値が証明されたタイミングで、必要に応じて柔軟にリソースを配分します。
• 包括的な業績評価: 単に実績と恣意的な目標値を比較するのではなく、相対的な達成度、同僚からのピアレビュー、顧客ロイヤルティ、チームへの貢献度などを総合的かつ事後的に評価します。
2. 分散型リーダーシップ原則:
• 現場への権限委譲(Frontline Empowerment): 顧客やサプライヤーと直接向き合う最前線のオペレーションチームに意思決定の権限を委譲します。
• 明確な戦略原則の共有: 細かい規則や厳格な予算枠で縛るのではなく、共通の価値観、高次の目標、透明性のある行動原則によって従業員を導きます。
• オープンな情報共有: 業務データを組織全体で透明に共有し、階層的な報告にとどまらず、現場同士のベンチマークや相互学習を促します。
非伝統的な業績評価指標
脱予算経営を採用する企業では、バランスの取れた多様な非財務・相対的指標が活用されます。毎月の利益差異報告書に一喜一憂する代わりに、以下のような指標を用います:
• 相対的財務指標: 同業他社と比較した使用資本利益率(ROCE)や経済的付加価値(EVA)。
• 顧客体験指標: ネットプロモータースコア(NPS)、顧客離脱率、納期リードタイム。
• オペレーションの俊敏性: 新製品の市場投入スピード(Time-to-market)、従業員定着率、生産能力利用率。
脱予算経営導入における実践的課題
脱予算経営は戦略的に非常に魅力的ですが、試験ではビジネス感覚(Commercial Acumen)を発揮し、その導入に伴う現実的な障壁についてもバランスよく論述しなければなりません:
• 財務統制の喪失への懸念: 各部門に厳格な支出上限がない場合、財務規律が崩壊するのではないかと経営陣やリスク委員会が恐れる可能性があります。
• 外部ステークホルダーからの要請: 株式市場、取引銀行、機関投資家などは、依然として年次の業績見通しや利益ガイダンスを求めてきます。
• 企業文化の壁: 指示待ちや規則遵守の文化から、自律と権限委譲の文化へ転換するには、組織全体の深い信頼関係と成熟度が不可欠であり、多くの企業にとって容易ではありません。
脱予算経営の重要ポイント: 脱予算経営は、固定的な年次目標を相対的ベンチマークとローリング予測へ置き換える、適応的かつ自律分散型の経営思想です。変化が速く、現場での迅速な対応が競争優位を決める業界に最も適しています。
APM試験に向けた予算管理論の総括
セクションAの50点ケーススタディやセクションBの25点問題で高得点を獲得するために、以下のプロフェッショナルスキルを意識して答案を作成してください:
• ビジネス感覚(Commercial Acumen): 設問のシナリオに登場する企業の財務コスト、管理職の時間的負担、業界の安定性を検証することなく、安易にゼロベース予算や脱予算経営の導入を推奨してはいけません。
• 職業的懐疑心(Scepticism): 経営陣の業績報告書を評価する際は、「その予算改定はマクロ環境の変化を正当に反映したものか、それとも現場管理者が自身の失敗を隠蔽するために作り出した言い訳に過ぎないのか」を常に検証してください。
• 分析と評価(Analysis and Evaluation): 計画差異とオペレーション差異を計算したら、単に数字を並べるだけで終わらせてはいけません。オペレーション差異は現場の業務管理に、計画差異は経営陣の戦略的予測や環境分析能力に、それぞれ明確に紐づけて論述しましょう。
重要概念のクイックサマリー:
• 漸増予算: 前期基準 + インフレ/成長分。安定市場に最適。スラックや非効率性の固定化がリスク。
• ゼロベース予算(ZBB): ゼロからスタートし、意思決定パッケージをランク付け。間接費削減や事業再生に最適。膨大な労力が難点。
• 活動基準予算(ABB): 活動の需要から必要コストを逆算。間接費比率が高く製品が多様な企業に最適。
• ローリング予算: 期間終了ごとに未来の1期を追加。変動の激しい業界に最適で、常に先を見据えた計画を維持。
• 計画差異: 改定予算 vs 当初予算。外部環境の急変や予測ミスを反映。現場管理者の責任範囲外。
• オペレーション差異: 実際実績 vs 改定予算。純粋な現場の業務執行力を測定。現場管理者がコントロール可能。
• 脱予算経営: 年次固定予算を廃止し、相対的目標、ローリング予測、現場への権限委譲を重視する分散型アプローチ。