非定常時系列へようこそ!
これまで学習してきた時系列モデル(ARやMAモデルなど)では、世界は「定常的」、つまり平均値やバラつき(分散)といった統計的な性質が時間を通じて一定であるという前提を置いていました。しかし、正直に言いましょう。金融市場はそんなに都合よく動いてはくれません!株価は何年にもわたって成長する傾向がありますし、危機時にはボラティリティが爆発的に高まることもあります。これらは非定常(non-stationary)な系列です。
この章では、こうした「不安定な」系列を見分ける方法、なぜそれらが存在しないはずのパターンを見せかけて私たちを騙すのか、そして信頼できるモデルを構築するためにそれらをどう修正すればよいかを学びます。最初は数式が難しく見えるかもしれませんが、大丈夫です。シンプルな例えを使って一つずつ紐解いていきましょう!
1. 非定常性とは何か?
時系列データが定常(stationary)であるとは、その平均、分散、共分散が時間を通じて一定であることを指します。定常的な系列は、部屋の中で揺れる振り子のようなものだと考えてみてください。前後に動くことはあっても、常に同じ中心点の周りを維持しており、突然部屋中を飛び回り始めるようなことはありません。
非定常(non-stationary)な系列は、その逆です。平均や分散が時間とともに変化します。以下に例を挙げます。
平均の変化: 10年間のAmazonの株価(一般的に上昇していくため)。
分散の変化: 1ヶ月間は穏やかだった市場が、次の月には極端にボラティリティが高まるようなケース。
なぜこの概念が重要なのか?
もし非定常なデータに対して標準的な回帰分析を行うと、「見せかけの回帰(Spurious Regression)」が発生する可能性があります。これは、実際には何の関係もない2つの変数の間に、単に両方が上昇トレンドにあるというだけで、モデル上で強い相関があるように見えてしまう現象です。避けるべきミス: 2つのトレンドを持つ変数の間で、定常性を確認せずに高い決定係数(R-squared)を鵜呑みにしてはいけません!
クイックまとめ: 定常=性質が安定しており予測可能。非定常=性質が時間とともに変化する。
2. ランダムウォークモデル
金融において最も有名な非定常モデルはランダムウォークです。これは「酔っ払いの千鳥足(Drunkard’s Walk)」を数学的に表現したものです。ある人が一歩歩き、その次のステップは、今立っている場所から完全にランダムに決まる状況を想像してください。
数式:\( Y_t = Y_{t-1} + \epsilon_t \)
ここで \( \epsilon_t \) はホワイトノイズ(ランダムなショック)を表します。
ランダムウォークの主な特徴:
1. 長期平均が存在しない: 系列はある平均値に「回帰」しません。ただ彷徨い続けるだけです。
2. 分散が時間とともに増大する: 未来を遠く見通すほど、位置は不確実になります。具体的には、時刻 \( t \) における分散は \( t \times \sigma^2 \) となります。
3. ショックが永続的である: 今日「ショック(ニュースなど)」が価格に影響を与えた場合、その変化は価格の中に永遠に残り続けます。定常的なAR(1)モデルのように、時間が経てば消えることはありません。
ドリフト付きランダムウォーク
時々、「酔っ払い」がわずかに前へ進もうとする傾向を持つことがあります。これがドリフト付きランダムウォークです:
\( Y_t = \delta + Y_{t-1} + \epsilon_t \)
ここで \( \delta \) (デルタ)がドリフトです。時間が経つにつれて、この系列は上昇( \( \delta > 0 \) の場合)または下降( \( \delta < 0 \) の場合)のトレンドを描くことになります。
豆知識: 多くの経済学者は、株価はランダムウォークに近い動きをすると考えています。なぜなら、既知の情報はすべて今日の価格に「織り込まれている」からです。
3. トレンド:決定論的 vs 確率論的
トレンドが発生している「理由」を知ることは非常に重要です。なぜなら、それによって「修正方法」が異なるからです。
決定論的トレンド(Deterministic Trend): トレンドは時間の単純な関数です。線路の上を走る列車のようなもので、時間が進むから上昇していきます。
数式: \( Y_t = \alpha + \beta t + \epsilon_t \)
修正方法: トレンドを差し引く(デトレンド)。
確率論的トレンド(Stochastic Trend): トレンドはランダムなショックの積み重ねによって生じます。これが先ほどのランダムウォークです。
数式: \( Y_t = Y_{t-1} + \epsilon_t \)
修正方法: 差分をとる(今日の値から昨日の値を差し引く)。
覚え方: Deterministic = Destined(定められた運命の道を辿る)。Stochastic = Shocks(ランダムなイベントによるショックで道が変わる)。
4. 単位根とディッキー・フラー検定
ある系列が非定常であることを数学的に証明するにはどうすればよいでしょうか?それは単位根(Unit Root)があるかどうかを確認します。
AR(1)モデルにおいて: \( Y_t = \phi Y_{t-1} + \epsilon_t \)
もし \( |\phi| < 1 \) なら、その系列は定常です。
もし \( \phi = 1 \) なら、単位根が存在します(これこそがまさにランダムウォークです!)。
ディッキー・フラー(DF)検定
単純に \( \phi \) に対して標準的なt検定を使うことはできません。なぜなら \( \phi=1 \) のとき、分布が通常と異なるからです。代わりに、式を書き換えます:
\( \Delta Y_t = (\phi - 1) Y_{t-1} + \epsilon_t \)
ここで \( \gamma = \phi - 1 \) とおき、\( \gamma = 0 \) かどうかを検定します。
仮説:
帰無仮説 (\( H_0 \)): \( \gamma = 0 \) (単位根が存在する / 系列は非定常)。
対立仮説 (\( H_a \)): \( \gamma < 0 \) (系列は定常)。
重要なポイント: 検定統計量が臨界値よりも小さければ(負の方向に大きければ)、帰無仮説を棄却し、系列は定常であると結論付けます。注意: 臨界値には標準的なt分布表ではなく、特別な「ディッキー・フラー分布表」を使用します!
キーポイント: ディッキー・フラー検定は単位根を判定します。帰無仮説を棄却できなければ悪い兆候(非定常)、棄却できれば良い兆候(定常)です。
5. 非定常性の修正:差分をとる
データに単位根(確率論的トレンド)がある場合、通常は差分(differencing)をとることで修正します。これは、価格そのものを見るのではなく、価格の変化分を見ることを意味します。
1階差分: \( \Delta Y_t = Y_t - Y_{t-1} \)
ランダムウォーク( \( Y_t = Y_{t-1} + \epsilon_t \) )の差分をとると、残るのはホワイトノイズである \( \epsilon_t \) だけです。ホワイトノイズは完璧に定常です!これが、私たちが株価の「価格」ではなく「リターン」を使ってモデル化する理由です。
ヒント: 差分を1回とることで定常になる系列を、1次積分(Integrated of order 1)、つまりI(1)と呼びます。最初から定常であればI(0)です。
6. 共積分:ひも(Leash)の効果
通常、非定常な変数を別の非定常変数に回帰させると、無意味な結果(見せかけの回帰)が得られます。しかし、共積分(Cointegration)という特別な例外が存在します。
例え: リード(ひも)をつけて犬の散歩をしている人を想像してください。人はランダムに歩き(非定常)、犬もランダムに歩き回ります(非定常)。しかし、リードがあるため、二人があまりにも遠く離れることはありません。二人の間の距離は定常的になります。
金融において: 同業種の2つの株(例えばコカ・コーラとペプシ)は、どちらも価格が彷徨うかもしれませんが、そのスプレッド(価格A - 価格B)は一定に保たれる可能性があります。もしそれらが共積分していれば、ペアトレードに利用できます。
定義: 2つのI(1)系列の線形結合がI(0)(定常)となる場合、それらは共積分していると言います。
最終確認ボックス
1. 定常性: 平均と分散が一定。信頼できるモデルには不可欠。
2. ランダムウォーク: \( Y_t = Y_{t-1} + \epsilon_t \)。非定常。分散は時間とともに増加。
3. 見せかけの回帰: トレンドを持つ変数間に偽の相関が見えてしまうこと。
4. ディッキー・フラー検定: 帰無仮説は「単位根がある(非定常)」。
5. 差分: 前期の値を差し引くことで系列を定常化する。
6. 共積分: 非定常な2つの系列が長期的に連動して動く状態。
よく頑張りました!非定常データという難所を乗り越えましたね。忘れないでください:迷ったら単位根を確認し、モデルを組む前にデータに差分をとりましょう!