導入:グループの比較と未来の予測
以前の学習では、単一グループのパラメータ推定(例:特定の自動車保険における平均支払い保険金額など)について見てきました。しかし、実務においてアクチュアリーは、2つの異なるグループを比較する必要に迫られることがよくあります。例えば、「電気自動車の平均事故件数はガソリン車と異なるか?」や、「新しい安全研修によって、昨年に比べて職場での事故は減少したか?」といった問いです。
この章では、2つの母集団を比較するための信頼区間 (CI)の構築方法と、将来の単一の観測値がどの範囲に収まるかを推定するための予測区間 (PI)について学びます。これは統計的推論の中核をなすものであり、「単なる推測」から「数学的根拠に基づいた結論」へとステップアップするための重要なツールです。
1. 2標本の信頼区間:独立した標本の場合
2つの独立した別々のグループ(例:グループAとグループB)がある場合、通常は母平均の差、つまり \( \mu_1 - \mu_2 \) に注目します。
A. 正規分布(平均の比較)
データが正規分布に従う母集団からのものである場合、手法は分散( \( \sigma^2 \) )が既知か未知かによって異なります。
ケース1:分散が既知の場合
\( \mu_1 - \mu_2 \) の信頼区間は以下の通りです:
\( (\bar{X}_1 - \bar{X}_2) \pm z_{\alpha/2} \sqrt{\frac{\sigma_1^2}{n_1} + \frac{\sigma_2^2}{n_2}} \)
ケース2:分散は未知だが、等しいと仮定できる場合
分散がわからないため、標本分散( \( s_1^2 \) と \( s_2^2 \) )を組み合わせて、より精度の高い推定値であるプールされた標本分散( \( s_p^2 \) )を算出します。
\( s_p^2 = \frac{(n_1-1)s_1^2 + (n_2-1)s_2^2}{n_1 + n_2 - 2} \)
この場合の区間推定にはt分布を使用します:
\( (\bar{X}_1 - \bar{X}_2) \pm t_{n_1+n_2-2, \alpha/2} \sqrt{s_p^2 (\frac{1}{n_1} + \frac{1}{n_2})} \)
ヒント: もし差の信頼区間にゼロが含まれているなら、それは2つのグループ間に「有意な差がない」可能性があることを示唆しています!
B. 二項分布とポアソン分布(正規近似を用いる場合)
サンプルサイズが大きい場合は、正規分布を使用してこれらの区間を近似できます。
二項分布(比率の比較):
2つの確率の差 \( p_1 - p_2 \) を比較するには、標本比率 \( \hat{p}_1 \) と \( \hat{p}_2 \) を使用します:
\( (\hat{p}_1 - \hat{p}_2) \pm z_{\alpha/2} \sqrt{\frac{\hat{p}_1(1-\hat{p}_1)}{n_1} + \frac{\hat{p}_2(1-\hat{p}_2)}{n_2}} \)
ポアソン分布(強度の比較):
2つのポアソン平均 \( \lambda_1 - \lambda_2 \) を比較するには、標本平均 \( \bar{X}_1 \) と \( \bar{X}_2 \) を使用します:
\( (\bar{X}_1 - \bar{X}_2) \pm z_{\alpha/2} \sqrt{\frac{\bar{X}_1}{n_1} + \frac{\bar{X}_2}{n_2}} \)
ここがポイント: 2標本の信頼区間を使うことで、2つの異なる母集団を比較する際の不確実性を数値化できるようになります。
2. 対応のあるデータ:「前後」の比較シナリオ
標本が独立していない場合もあります。例えば、同じ10人に対して、投薬の「前」と「後」で血圧を測定する場合などです。これらは「対応のある(ペアの)」データと呼ばれます。
解法のコツ: これらを2つの別々の標本として扱ってはいけません。代わりに、各ペアの差( \( D_i = X_i - Y_i \) )を計算します。これで、差に関する「1つの標本」として扱うことができます!
平均の差 \( \mu_D \) の信頼区間は、標準的な1標本のt区間と同じになります:
\( \bar{D} \pm t_{n-1, \alpha/2} \frac{s_D}{\sqrt{n}} \)
ここで:
\( \bar{D} \) は差の平均値です。
\( s_D \) は差の標準偏差です。
\( n \) はペアの数です。
よくある間違い: 対応のあるデータに対して2標本の公式を使ってしまうこと。これはペア間の相関を無視することになるため、試験では厳禁です!
3. 予測区間 (PI)
学習者はよく信頼区間と予測区間を混同してしまいます。その違いを整理しましょう:
- 信頼区間: 母平均( \( \mu \) )がどこにあるかを推定するもの。
- 予測区間: 将来の1つの観測値( \( X_{next} \) )がどこに現れるかを推定するもの。
個々の観測値は、グループ全体の平均よりもずっと「変動(ボラティリティ)」が大きいため、予測区間は常に信頼区間よりも広くなります。
公式(正規分布データの場合):
サイズ \( n \) の標本に基づく、将来の1つの観測値の予測区間は:
\( \bar{X} \pm t_{n-1, \alpha/2} \cdot s \sqrt{1 + \frac{1}{n}} \)
ルートの中に余分な「 \( 1 \) 」があることに気づきましたか?これは、平均に対する不確実性に加えて、新しいデータポイント自体が持つ固有のランダム性を考慮しているためです。
例え話: ある学校の生徒の「平均身長」を当てるのが信頼区間です。一方で、次に教室のドアを通って入ってくる「1人の生徒の身長」を当てるのが予測区間です。平均よりも、特定の個人を当てる方が、幅を広く取らないと確信が持てませんよね?
4. ブートストラップ法による区間推定
データが正規分布に従わず、便利な公式が使えない場合はどうすればよいでしょうか?そこで登場するのがブートストラップ法です。これはコンピュータを駆使した現代的な手法です。
ステップ・バイ・ステップの手順:
1. 再サンプリング: 元のデータから「復元抽出(一度選んだ値を戻して再度選ぶ可能性がある方法)」でランダムにサンプルを取り出します。この新しいサンプルは、元のデータと同じサイズにする必要があります。
2. 計算: この新しいサンプルに対して、関心のある統計量(平均や平均の差など)を計算します。
3. 反復: これを数千回繰り返し、「ブートストラップ分布」を作成します。
4. パーセンタイル(百分位数)の算出: 95%信頼区間を求める場合、生成された結果の2.5パーセンタイルと97.5パーセンタイルを探します。
豆知識: 「ブートストラップ」という名前は、英語の慣用句 "pulling yourself up by your own bootstraps"(自分の靴ひもを引っ張り上げて自分自身を持ち上げる=自力で成し遂げる)に由来しています。理論的な公式に頼らず、手持ちのデータだけを使って母集団の性質を推定する様子を表しています。
5. まとめとクイックレビュー
覚えておくべきポイント:
- 独立した2標本: \( \sigma_1^2 = \sigma_2^2 \) ならプールされた分散を使用。大きなサンプルの比率や強度には \( z \) を使用。
- 対応のある標本: 「前後」や「マッチング」という言葉に注目。常に「差( \( D \) )」を計算して進める。
- 予測区間: 将来の1つの値のために使用。個々の値は平均よりもばらつきが大きいため、信頼区間よりも広くなる。
- ブートストラップ: 公式が使いにくい、または分布が未知の場合に用いられる再サンプリング手法。
試験対策のアドバイス: Paper B(Rを使用した試験)では、コードを使ってこれらを計算するよう求められることがあります。Paper Aでは、公式集および数表(オレンジブック)を使って、正しいt分布やz分布の値を引くことになるでしょう。自由度( \( df \) )の確認は慎重に行ってください!